朗読の夕べ

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小学生の頃、TVのドキュメンタリー番組を見ていると、心地良いナレーションが耳をくすぐっていました。気づくとその声はいつも同じで、誰なんだろうとテロップを注視すると、お名前は久米明さん。何の知識も情報も持ちあわせていなかった小学生の頃「この俳優さんはすごい」と感じたのが、久米明さんと故・杉村春子さんでした。とっても好きだった久米さんのナレーションもいつしかTVで拝聴することがなくなり、どうされているんろう?また聞きたいなと思っていました。数年前に劇団昴に興味を持ち、調べてみたところ、久米さんのお名前を発見したのでした。
1924年(大正13年)生まれの84才。ご健在なことがわかっただけでも嬉しかったけど、できればお元気な姿を拝見したいし、あの独特な語り口を聞きたいと願っていました。ある日、いつものように昴のHPを訪れてみると目に飛び込んだのが「久米明 朗読の夕べ」うわ~!思わずモニタの前で拍手してました。

会場はイーストステージ・いけぶくろ。この劇場の座席は2年半前に閉鎖された三百人劇場の座席を豊島区に譲渡したものだそうです。

今回の朗読は新田次郎作「芙蓉の人」
正直言うと、名作物の苦手な私は本の題名を知っている程度で読んだことがありませんでした。
いくら聞きたかった久米さんの語りと言っても、興味のなかった(すみません)本で、劇ではなく朗読だけ、それも上演時間2時間と聞いて少し不安。眠くなっちゃったらどうしよう・・・
ところがそんな不安は全く無用でした。
生チェロの演奏で始まった朗読。まあ!とっても贅沢!始まってすぐは、耳に馴染んだ久米節を生で聞けるのが嬉しくて目を閉じて聞き入っていたい気持ちと、久米さんの優しいお顔を少しでも長く拝見したい気持ちが交差して、どうしていいやら。。。
ようやく落ち着いて聞いていると、久米さんの語りの特徴を発見した気になって面白い~。私なんかが読んだら、台詞の部分を読む時に感情を込めるのに、久米さんの場合はト書きの部分に感情が表れるのです。例えば“「まあ、面白い」と笑うのであった”という文章があるとすると、“と笑うのであった”の部分で笑いながら喋っているんですよ。物語の登場人物には当然女性もいます。女性の声色を使うわけでもないのに、柔らかいトーンと抑揚の付け方で女声を表現されているようで、本当に女声が話してるかのような錯覚に陥ってしまいます。
途中1回の休憩時間と時折演奏されるチェロの合間に喉を休めながら、楽しそうに朗読を続け、いよいよクライマックス。お声や表情からは全く気づかなかったけれど、ハンカチを取り出し鼻に当てる久米さん。それでも少しも泣いているようには見えませんでした。さらに語りが進むと眼鏡の隙間から涙が溢れているのが見えました。それでも喉が締まってしまうこともなく、時には笑顔で語り終えました。

この「朗読の夕べ」は第二回とありました。
これからもっと回を重ね、素晴らしい朗読を聞かせていただきたいと思います

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